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2011年1月30日 (日)

発達の 歩みを示す グルグルの線

大阪国際女子マラソン、偶然に観戦しました。早いですね! 先頭集団、次の集団……ほんの数秒で目の前を駆け抜けていきました。

実は、先週木曜から長居の「障害者スポーツセンター」で、「障害のある子に学ぶ図工展」(大阪市の小学校障害児学級と障害児学校小学部児童の展覧会)をしています。出展者1800名というのは、おそらく全国一の大規模な障害児美術展です。それで、今日はその企画のお手伝いに行っていたのです。展覧会の見学者と共に「折り紙工作」をするイベントでした。

この会場には、「発達別展示」と言って、子どもの描画の成長を一望できるように工夫された展示スペースがあります。私は、永年この展示スペースを中心に全体の展示計画を任されていたので、とても懐かしくて愛着を持っています。

「グルグル丸」は、形になる前の子どもの表現です。幼児と障害児の両方にかかわってきた私は、両者の共通性を確認してきたのです。でも。この「グルグル丸」の時期での表現に関してだけは、すっきりと描ける健常幼児の絵に対して、障害児の絵はエネルギーはあっても「すっきり度」ではどうかなあという実感を持っていたのです。

でも、今回会場では「すっきり」描き切った障害児の作品を見つけました。色々と注釈したい部分もあるのですが、とにかく、幼児も障害児も同じ発達の大道を歩んでいるのだということを確認できたことはとても嬉しいことでした。

なお、最終日(2月1日)、会場で行なわれる現地学習会は、30周年記念と言うこともあって、これまで図工展にかかわってこられた高橋氏・勝島氏の二人の大御所を招いてのシンポジュームを行ないます。板井も司会を務めるように言われてますので、参加します。

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2011年1月22日 (土)

再会の 時を 待たれる 残り雪

1月20日、佛教大での後期授業最終回となりました。

実はこの日、朝寝坊しちゃって、1限の授業には5分ほど遅刻……、すみません! 初回が電車の都合でギリギリになっていて、最終回がまたという不甲斐なさですが、とにかく「無事」終了です。  毎回の授業記録は翌週の「お便り」に書いていたのですが、今回は書けないので場所を替えて書いておきます。

「図画工作」(1回生)の方は、焼き上がった土鈴の灰抜き作業、これは思った以上に簡単でした。きっと窯の温度が高く、完全に燃焼していたからでしょう。切り絵の続きもしました。それから半年間の作品の返還。「不要な場合は板井に寄贈してください」と呼びかけたところ、ごっそりと残されていたので嬉しいような悲しいような……

「保育内容」(2回生以上)の方では、紙で作る「小銭入れ」の実技からスタートしました。そして全ての授業で、板井の障害児教育の実践「M君の話」をしました。特に「保育内容」の人には、自分が実践者になった時をイメージしてもらいたいと思って喋りました。終了後、「どうだった?」と聞くと「いつもより分かり易かった」と言ってくれた人もいたので、まずは成功かな?

1回生の人には、2回生以降で是非「保育内容」を受講して欲しいという願いを込めましたし、「保育内容」の人には、将来現場に出たら保問研や全障研、その他の研究活動で出会いたいですねと言うことで、話を終えました。

この日は、前日の雪がとけ残り、中庭でも日陰の部分に終日雪が残っていたのです。と言うことで一句、それが表題です。

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2011年1月18日 (火)

露天湯の湯気に降りしくさざめ雪

先々週の週末は仙台に行っていました。「全国障害児学級・学校学習交流集会」で、その前の一泊はK先生企画の「あおばツアー」で、作並温泉に10名ほどで行きました。表題はそこで詠んだものです。

仙台は晴れていましたが、雪がそこここに残る景色を堪能してきました。これは、北国ならではの風物詩と思っていましたが、そうでもなかったようです。帰阪してからも、寒さは厳しく、大阪でも雪が舞い散ることもしばしばでした。1月16日、岡山の研修会に出かける時も滋賀県辺りでふぶいていて、新幹線も1時間遅れで大変でした。

それでも、まあ何とか務めは果たしました。数十名の参加で取り寄せた30冊の本が完売になって、別途予約販売になった所を見ると、話は好評だったみたいです。

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2011年1月 1日 (土)

初日の出を求めて

初詣に行ってきました。我が家では死んだ親父が大の競馬等の賭け事好きで、初詣は石清水八幡(京都府八幡市)でした。親父が死んでからしばらく途絶えていたのですが、数年前から復活しています。

アレは、ボクが小学生時代だから数十年前になるでしょうか。一度だけ初日の出を見た記憶があるのです。だから、日の出を見れる場所を探しました。交通整理をしているお兄さん達に尋ねても、誰も知らないのです。ただ、竹林を通して見れる場所を見つけてそこで20分ほど待ちました。厚い雲もあってですが、朝焼けの真紅がやがて黄金色に変わっていく様を見ました。それで良しとして下山したのですが、帰りの京阪電車からはくっきりとした日輪が見えたので、少し早まったかなあと言う気はありますが、まあいいでしょう。

ちなみに、御神籤は3番「大吉 安定運」だそうです。「清く明(る)く直く正しく」何でも実現できそうな盛運です。(ほんまかな?)まあ、年始早々、嫌なことが書いてあるよりはいいでしょう。

今年は、日記代わりにブログ更新の頻度を上げるつもりです。満額回答でなくても、今日の初日の出のように、それなりの充実感のある一年でありたいものです。

なお、今年は破魔矢を受け取ってきませんでした。去年一年、破魔矢が洗濯物にうずもれて悲惨な状況だったからです。だから、来年は石清水に行く必要はないわけですから、あちこちの神社を梯子して回ろうと考えています。と言っても、もう一度初日の出を求めていくかも知れません。親父と見た初日の出みたいなものを、死ぬまでにはもう一度見たいと思っています。

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