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2011年8月31日 (水)

眼鏡を替えた「むず痒さ」の話

眼鏡を替えました。5年前に作った眼鏡が最近度が合わなくて文書を読んだりパソコンをいじったりするのに不自由を感じていたのです。今日の昼に出来上がってきたので掛けています。やっぱりよく見えるのですが、なんとなく眼がむず痒いような感じがします。(今まで、相当無理して見ていたのですね。)左右ともに度が進み、今まで右にしかなかった乱視の傾向が左にもあるということです。まあ、それで見えるようになったのだから、良しとしましょう。

「むず痒さ」と言う点では、先週末に、11年ぶりに開かれた「美術」の「保問研夏季セミナー」もそうでした。実行委員と言うことで、準備段階から色々と意見は出してきましたが、なんとなく成り行きで……。どこがどういけないと言うことではないのですが、何となく「むず痒さ」を感じていました。

眼鏡の方は、この「むず痒さ」に慣れていかないといけないのでしょうが、保問研の方はどうでしょうか?

終盤に、板井は「『何でもあり』に反対の立場」と紹介をされたことについてだけは、一言言っておかなければならないでしょう。板井が「『何でもあり』に反対の立場」を取るのは、色の重視やリアリティの追及やイメージの拡張等に反対しているのではなく、それらを全て飲み込んだ上で、「それでも子どもの絵は生活を表現するものだ」とか、「年齢や発達の問題」を「第一義的に考えるべきだ」ということを主張しているということだけなのです。

こんなことを改めて意見表明する必要を感じること自体が「むず痒さ」の根幹なのでしょうね。

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2011年8月23日 (火)

な、なんと! USBを忘れたよ! (百舌鳥支援にて)

今日は、堺の百舌鳥支援学校に話に行ってきました。

朝から散髪にも行って、ゆったりと出発、指定された電車より一本早い電車でゆとりを持って出かけたはずなのに、気が付くと講演用のUSBがなかったのです。

私の話を聞いた人ならわかると思いますが、私の話はパワーポイントで絵を見せながら語る形ですから、それが使えないと困るのです。仕方がないので、「図工展」パンフから抜き出した資料を印刷してもらって、後はしゃべりだけで流しました。

元々、実践例を聞きたいとの要望もあり、以前関わったM君の例を語るのが半分・絵の発達についてが半分でしたし、時間も1時間20分と短かったこともあって、なんとかしゃべくり漫談で持たせました。終わってから感想を聞くと、そう悪いこともなさそうだったので、まずは一安心でした。でも、本当に冷や汗ものの状況でした。

先週末は、千葉であった全教教研に行ってきました。A分科会(小学校の障害児学級)で、千葉の土屋さんが描くことを軸にしたとっても素敵な報告をしてくれました。そのままずっと出ていれば良かったのですが、今日訪問をした百舌鳥支援の報告があるので、その時間帯はB分科会(障害児学校)に移動していたのです。

実はその後、A分科会では色々とあったようです。その場に居なかったのですから詳しいことは分かりません。でも、この点は、少し残念な気がします。

私や土屋さんのように、「描くこと」を軸に実践を組み立ていている人間は、絵の話を聞くことを大事にしているので、当然のことながら口頭作文なども大事にしています。もちろん文字指導もしますし、文で綴ることも重視しています。でも、そのことをもって、「みんな一緒だよね」と総括されると、確かにその通りの部分もあるのだけど、「あんたらは、描くことを大事にしているの?」と言いたくなる「歯がゆさ」が残るのです。そんな経験は、私自身もいっぱい経験してきたので、なんとなくわかる気がします。

今回の状況がそうだったのかどうかは分かりませんが、いずれにしろ、描くことの大事さが多くの人々の共通認識になるには、もう一山も二山も乗り越えなければならないのでしょう。そこに力を注ぐのが私の課題と言うことだろうと思います。

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2011年8月14日 (日)

薬が変わりました

全障研大会の後、病院での診断で薬が変わりました。

ボクは、もう何年も前から尿酸の薬と糖尿の薬を飲んでいます。でも、この日の診断で、糖尿の薬が変わりました。毎日、半錠の薬から毎食1錠の薬に変わったのです。回数や量が増えたからと言って、状況が悪くなったのではなく、以前の軽い薬に戻ったのです。

ボリグダーゼと言う薬で、これまでに何年も飲み続けていたものです。その時、大事に飲んでいたので200錠ほど残っていることを言うと、「それでいいから飲みなさい」と女医さんに言われました。(この優しさは「女神様」ですね)

尿酸の薬は、アロチーム、これまた10年・20年のお付き合いです。数値がいい状態が続いているので、なくすことができないかと尋ねたところ、「予防的な意味で続けましょう」と言われました。「お酒を控えるのならなくしてもいいのですが」と付け加えられたので、ボクは迷うことなく「薬を飲みます」と答えました。

だって、その日も宴会が続くことになっていたからです。昼間の宴会はある本の出版記念での集まりでした。もうだいぶ前に出版されていたのですが、ゆっくり会える時間が取れなかったのです。その夜は京都の八瀬で合宿をしました。こちらは「全障研大会のご苦労さん会」です。しこたま飲んで、楽しい時を過ごしました。

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2011年8月 3日 (水)

全障研大会のこと

7月30・31日、全障研の全国大会がありました。

30日は、大阪国際会議場を会場に開会全体会がありました。基調提案・特別報告・記念講演などを除いて、オープニング(太鼓とダンス)・イメージソング「テトテ」紹介・文化行事「もっと高く」・ミュージカル「星からきた友達」……といったアトラクション的なものすべてが私の守備範囲でした。(それらの連絡調整役だったからです。)とっても素敵な開会全体会でした。「大阪の元気を全国に!」が一つの合言葉だったのですが、その課題は達成できたと思います。

実はこの日の夕方、分科会の打ち合わせ会があったのですが、舞台張り付きの私は参加できませんでした。でも、そのことが新しい力になりました。と言うのは、「造形表現分科会」は、これまで「板井が一人で運営をする」みたいな感じだったのですが、複数の運営スタッフが板井抜きに運営を進めてくれたからです。

私がこの分科会にかかわりだしたのは90年代の中ごろからです。最初はあったりなかったりする「点滅状況」でしたが、継続的に持たれるようになっても参加者は少なくて、数名~十数名でした。でも、31日、四天王寺大学での分科会では、名簿上は26名ですが、実質的には30名近い参加があったと思います。参加者数だけでなく、充実した分科会になったと思います。

さらに、その翌日、「アフター分科会」として、高知の森さん・大阪の柴田君の報告を聞く会合も組織しました。三日間を通して、とっても充実した論議に参加できたことを幸せに思っています。

この間、忙しさと言うより「気力」の面で落ち込んでいて、ブログもHPも一か月以上更新できないでいました。これからは、週一を目標に書きこんでいこうと思っています。

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